5世紀から15世紀ごろまでのあいだ、東ローマ帝国で繁栄した「ビザンティン美術」。
ヘレニズム文化やローマ美術と東方的な要素が同居した独特の世界観が魅力です。
モザイク画やイコンなどの美しい聖堂美術は、なかなか日本にいるとお目にかかることはできませんが、人生で一度は直接見てみたい作品群と言えるのではないでしょうか。
そんなビザンティン美術の代表作例の一つ、《皇帝ユスティニアヌス一世と侍臣たち》について書いた学部時代のレポートを発見しました。
この記事では、ラヴェンナのサン・ヴィターレ聖堂に描かれた《皇帝ユスティニアヌス一世と侍臣たち》について、ビザンティン美術の代表作としてご紹介します。

イタリア・ラヴェンナと初期キリスト聖堂群

本作品が遺されているサン・ヴィターレ聖堂は、イタリア、ラヴェンナに残るキリスト教の聖堂で、6世紀以降にビザンティン帝国によるイタリア統治の重要な拠点となった都市の象徴的な建造物です。
この聖堂は、八角形プランにアプシス(後陣)を張り出させた集中式建築であり、内部も外部もオクトゴン(八角堂)として設計されています 。聖堂の建設は、ビザンティン帝国がラヴェンナを征服した前後である540年頃に司教ウィクトルによって実施されたと推定されています 。
内部は穹窿の頂点から腰壁に至るまで多彩なモザイクと大理石化粧板が今もなお遺されており、その燦然たる色彩と装飾は観る者を圧倒します。
なお、サン・ヴィターレ聖堂をはじめとするラヴェンナの初期キリスト教聖堂・礼拝堂群は、その美術史的価値の高さから1996年に世界遺産に登録されています 。
この聖堂に描かれたモザイク壁画である《皇帝ユスティニアヌス一世と侍臣たち》は、その美術史的意義から、西洋美術史を学ぶ際には必ずと言って良いほど登場する著名な作品です。
《皇帝ユスティニアヌス一世と侍臣たち》とは
《皇帝ユスティニアヌス一世と侍臣たち》は、サン・ヴィターレ聖堂に遺る聖堂装飾の中でも特に重要であるとされる作品です。制作年は546年から548年の間、または547-548年頃と推定されていて、聖堂の献堂(547年)と同時期であると考えられています。
本作は聖堂内部のアプシスの下方北壁に描かれたもので、向かいの南壁には対をなすようにユスティニアヌス帝の妻である王妃テオドアを描いたとされる《テオドラと従者たち》が配置されています。作品サイズは高さ約2.6m × 幅約3.6mで、等身大の人物像が描かれています。このように世俗かつ当時存命中であった人物を聖堂の内陣に描いたことは珍しい表現であったようです。

《皇妃テオドラと侍女たち》546年から548年の間、または547-548年頃, 約260cm×360cm, ビザンティン・モザイク(テッセラ、石灰モルタル、金箔ガラス、色ガラス、石材など), サン・ヴィターレ聖堂
本作は、皇帝を象徴する紫の衣に豪華な装身具を身につけたユスティニアヌス一世を中心に、助祭や臣下と思われる人々が画面幅いっぱい描かれています。作中の人物たちが十字架や捧げものなどを手にしていることから、典礼へ向かう行列を描いたものと考えられていて、その銘文からユスティニアヌス帝の一人おいた右側にいる人物はラヴェンナの初代大司教マクシミアヌスであるとされています。
ユスティニアヌス帝とは
ユスティニアヌス帝は、ヴァンダル王国や東ゴート王国を滅ぼし、地中海世界を再統一した「大帝」として知られ、後のビザンツ帝国の基礎を築いた歴史的人物 。世界遺産であるイスタンブールのハギア・ソフィアを建立したことでも知られる、ビザンツ帝国の最盛期を統治した皇帝です。
《皇帝ユスティニアヌス一世と侍臣たち》の特徴
本作にみられる人体表現の特徴は、抽象的に描かれている点です。すべての人物が正面を向いていて、動きはほとんど見られず、立体表現を回避して平面的に描かれている点です。また極端に頭が小さい上に足が長く非現実的な人体表現が取られています。


このような人体比率は、人を超越したものを表現しているとも言え、ユスティニアヌス帝を神に連なる存在として描いていると考えられています。これらの表現は、前時代のギリシア・ローマの自然主義的なものとは対照的であり、その背景には偶像崇拝に繋がりやすい立体表現よりも、抽象的表現のほうがよりキリスト教の教義にふさわしいとされていたこと、東方美術からの影響などが指摘されています。
この作品に見られる人体表現は、ビザンティン美術の特徴を明確に表したものであるとともに、極端な人体比率や惜しみなく用いられた金の色彩や精緻な装飾には、当時の教会権力とユスティニアヌス帝の影響力の強さが表れています。
《皇帝ユスティニアヌス一世と侍臣たち》は西洋美術史上も重要な作例のひとつ

《皇帝ユスティニアヌス一世と侍臣たち》546年から548年の間、または547-548年頃, 約260cm×360cm, ビザンティン・モザイク(テッセラ、石灰モルタル、金箔ガラス、色ガラス、石材など), サン・ヴィターレ聖堂
これらのことから、《皇帝ユスティニアヌス一世と侍臣たち》は、西洋美術史を学ぶ上で重要な作例の一つであり、ビザンティン美術の基準作例としても非常に重要な位置を占めています。
なお、複製作品はアメリカのメトロポリタン美術館にも所蔵されています。
また、この記事の執筆にあたり改めて本作について調べてみましたが、サン・ヴィターレ聖堂は未だ聖堂建設の経緯などは明らかになっていないそうです。世界中の研究者が調べ尽くしてもなお、謎に包まれているというのはロマンがありますね。
本作は、今から1,400年以上も前の作品が今もなおその荘厳さを保ったまま遺されているまさに奇跡のような作品です。
私は残念ながらまだ直接見たことはないですが、この作品を学んだことでイタリア・ラヴェンナが人生で一度は訪れてみたい街の一つになりました。
ぜひイタリア旅行の際や訪れてみてください。
関連書籍・参考文献

